エッチで抜ける体験談

オナニーのおかずになるような抜けるエッチな体験談をまとめています。画像や動画ではなく文字で抜きたい人におススメです

    タグ:近親相姦

    僕が中学二年の時です。
    僕の家族は、五人家族で姉が二人いて一番上が23歳、もう一人が20歳でその次が僕でした。
    勉強とかよく見てくれて優しい姉達でした。性格が良いせいか友達も多く近所にも評判もよく友達からはうらやましがられていました。
    中学上がるまではよく一緒にお風呂も入っていて弟の僕から見ても本当にスタイルがよく裸の姉を見ていても隠すわけでもなく普通に体を洗ったりしていました。一番上の姉(紗彩)は、身長は150㎝ オッパイは、Dカップでアンダーヘアーは恥丘の上に生えてるくらいでした。
    二番目の姉(沙衣)は、身長は、155㎝ オッパイは、Eカップでアンダーヘアーは産毛が生えているくらいでほとんどパイパンでした。顔も美人って言うより可愛いって言った方が似合うほうで二人とも色白でした。
    僕も身長は、低く165㎝くらいしかなくちょっと運動をしていたので少しくらいは筋肉がついているくらいでした。
    中学に入ってからは、小学生ほどではないけど僕が入っているとたまに平気で入ってきて僕の慌てようを見て楽しんでいるのか気にしてないのか普通に体を洗っていました。こんな姉達で彼氏は、出来るけどなぜか長続きもせずすぐに別れてしまいました。
    僕は、中学に上がってからは、友達からいろいろと教わり女性の体に興味を持ち出しました。
    今までは、姉達の体に触ったりしていたけどどうしてもそれ以上の事に性的興味を持ち始めていたのでした。中学二年になってから一人の友達から一冊の本を見せられました。
    それは、女性がセックスしている所とかマンコから白濁した物が溢れ出てくる所でそれも無修正な本でした。
    姉達の裸よりは綺麗じゃなかったけどマンコにチンコが挿入しているのに妙に興奮しました。どうしてもマンコに挿入してみたかったけど姉達にそんな事も言えず言っても凄く怒られるのがわかっていました。
    そんな事知らず姉達は僕がお風呂に入っている時でも平気で入ってきて普通に体を洗っていて僕は、そんな姿を見て興奮してきてチンコが勃起していました。僕が勃起していても姉達は普通に接してきて平気で湯船にも一緒に入ってきました。
    そんな事が続いてある日両親、一番上の姉紗彩が旅行で二番目の姉沙衣が飲み会で僕一人が家に留守番をしていました。
    コンビニでご飯を買って両親も姉達がいなかったので遅くまでテレビを見てる時でした。電話が鳴り出てみると沙衣姉の友達からの電話で沙衣姉が酔いつぶれたので迎えに来て欲しいっと言われたけど今日は、僕しかいない事を伝えたけど友達は、明日用事があったので預かれないっと言われ僕は、沙衣姉達が飲んでいる居酒屋まで迎えに行きました。
    居酒屋に着くと一人の友達がお店の外で僕が来るのを待っていてくれてお店の中に入ると沙衣姉は酔いつぶれていて僕は、沙衣姉を肩に抱えると何とか立ち上がり沙衣姉の友達にお礼を言ってからお店を出ました。 【姉【エッチ体験談】】の続きを読む

    三年の春。この日は私らと姉弟は朝早く学校へ来て教室に入った。
    まず姉弟の服を脱がせて全裸にして、
    姉に弟のちんちんに前にアダルトショップで買わせた媚薬を
    丹念に塗らせると、弟のちんちんはあっという間に大きくなった。
    それから、弟に姉の性器の中、特にクリトリスに丹念に媚薬を塗らせた。
    その状態で姉弟を抱き合わせ、姉の性器の中におとうとのちんちんを入れさせる。
    この頃にはだいぶ大きくなっていた姉の胸が弟の胸にぴったりとくっついて、
    弟も姉も顔を赤くしていた。いつもセックスしているのに、
    どうしてここで恥ずかしがるのか不思議だった。
    それから、ずっと抱き合っているように命令して、教室の掃除用具入れに閉じ込めた。 私らの学校の掃除用具入れは広くて、人二人ぐらい余裕で入る。
    姉弟が掃除用具入れに全裸で体を密着させ、
    性器を挿入したまま閉じ込められているのを知っているのは私らだけだ。
    普段姉弟をいじめている他のクラスメートも知らない。
    姉弟に授業中にクラスメートや教師の前に全裸で繋がっている姿を晒け出さないよう、
    性器に塗られた媚薬の刺激に耐えつつ、放課後まで我慢させようと言うのだ。 裸の姉弟がロッカーの中で悶え苦しんでいる姿を想像しながら、 【双子の姉妹を性的にいじめ その3【エッチ体験談】】の続きを読む

    27歳の会社員です 先日彼女(A子24歳)の兄(30歳市役所勤務)がある病気で入院しました そんな兄のお見舞いにA子と行ったときの話です
    受付をすませた私が後からはいると兄が寝ているベッドの端にA子が座っていました 3人で話をしていたのですが兄もしんどそうだったので私はA子とその兄を残して5分くらいで出ました 出てすぐの食堂でテレビを見ていました 20分ほどたったんでしょうか ようやくA子が来ました…あれ?…(しばらく考える)…シャツの裾がスカートの外にでています 髪も少々乱れ気味?かな?
    このときの話しはA子と結婚してから聞きました 入院後一週間くらいのとき母が忙しくA子が一人でお見舞いに行ったときベッドの横でA子が世話をしていると兄の視線を胸元に感じたそうです A子が「ちょっとどこ見てるの」と慌てて隠すと真面目な兄は「あ,ごめん」とだけ…未婚で彼女無しの兄をかわいそうに思ったA子は実の兄に向かって「ちょっとさわるだけならいいよ」と言いました このときは申し訳なさそうにお互い恥ずかしがりながら服の上から揉ませていました しかし兄思いのA子は次回からはノーブラで行きました すると兄が服の上から乳首を摘まんだりしながらもう片方の手を布団の中でガサガサと動かしました 兄の行動を察したA子無言で布団の中に手を入れ兄のモノをしごきました そして兄の限界が迫るとA子は布団の中に顔を入れ先っぽを口に含んで受け止めて飲み干しました
    それ以来退院までの3ヶ月間,胸を直接揉ませたり吸わせたりすることも許していたそうです またフェラのときに私の精子を飲みたがらなかったA子が飲んでくれるようになったのもちょうどこの時期でした 私に対する罪悪感がそうさせたみたいです そんな優しいA子とは幸せな結婚生活を送っています

    息子は、翌日も帰って来るなりオナニーをしていたんです。
    夫に嫌われたくない一心で、私は放って置く事にしました。
    その夜、夫はベットに横になる私に抱きつくと、パジャマを脱がせ始めました。
    ”抱かれるんだわ”そう思い、私も彼のズボンを脱がせ股間に手を伸ばしたんです。
    夫は既に興奮している様子で、大きくなっていました。
    ”あなた大きくなってるわ・・・”
    ”早く舐めるんだ”
    強い口調!いつもと感じが違いました。
    ”はい”
    私は夫のチンポを口に咥えるとチュパチュパと吸い始めたんです。
    夫が私と69の体制になるなり、バイブを使いだしたんです。
    ”あなた・・・それどうしたの?”
    ”一度試してみたかったんだ!黙って従え!”
    夫は私のマンコに挿入するとスイッチを入れ出し入れを繰り返したんです。
    ”ん~そんなに動かさないで・・・逝っちゃう” 【夫と義理息子に愛される私 2【エッチ体験談】】の続きを読む

    私(真澄38歳)は、夫(47歳)と息子(20歳)に愛されています。私は22歳の時に一度結婚したんです。
    前夫は、束縛が激しく私が他の男の人と話しているのを目撃しただけで”浮気だ”と言い
    家に帰るなり全裸にされ縛られた上、鞭で叩かれ絶対服従を約束させられるんです。
    昔から、ちょっとMっ気の強い私はそんな彼に逆らう事が出来ませんでした。
    前夫と結婚し2年が経ったある日、私は前夫と一緒に買い物をしていると”真澄じゃないか!”と
    声をかけられたんです。振り向き確認すると学生時代の友人A君だったんです。
    ”久しぶりだなぁ!元気か”
    ”うん!A君も元気そうね!”
    ”あ~何とか社会人生活を送っているよ”
    ”真澄!誰だよ・・・”
    ”えっ、学生時代の友人なの!”
    前夫の顔つきが変わるのが分かり、オドオドしていました。
    ”A君、それじゃ”
    ”あ~真澄も元気でな”
    早く彼と離れないと夫に何をされるか分からない・・・私は泣く泣くA君と別れたんです。 【夫と義理息子に愛される私【エッチ体験談】】の続きを読む

    私は、一つ上の兄がいます(15)。兄は、GLAYのHISASHIに、似ているそうです。
    そんな兄に彼女ができて少しショックでした。
    でも、甘えてみるとなんと私の胸を揉んできたのです。
    体が反応すると胸の突起をつまんだり、舐めたりしてきました。
    少しずつ下に、手が下りてきて、マ○コを触り、指を入れ、激しくピストンをされ、舐められました。
    ですが本当の兄弟では、なかったので、嬉しかったです。

    そのあとは、何度も抱き合い、兄は、彼女と別れ私と隠れてSEXをやりつずけました。

    友人のAから聞いた話。
    話はうまいが妄想癖と虚言癖がひどい奴だから、
    ネタというか創作として聞くのが適当かと。今年の春休み、Aが主宰する塾の打ち上げがあって、
    名門私立中に無事合格した教え子と保護者が呼ばれたんだ。
    塾つっても学生がやってる小さい所で、打ち上げもAのマンション自室。
    もっとも塾経営で羽振りが良いのか(一応、学生なんだけどな)、
    郊外だけど結構高級な物件ではある。
    俺もよく行くんだが、リビングはちょっとしたパーティーができそうな広さで、
    いっちょ前にソファーセットも何組かあった。打ち上げに来たのは、小学校を卒業したばかりの男子5人と保護者。
    平日の昼間だから全員母親だった。名門私学を狙うくらいだから、
    餓鬼はみんなボンボンだし、ママも上流夫人…とまでは言わんが
    上品な有閑マダムって感じ。かなり気合を入れた服装と化粧だが、
    テンション高めで喜びを隠し切れない様子だ。
    息子の合格が決まったばかりだから仕方ないが。取り寄せのランチを食べながら、みんなでカラオケ大会。
    騒音の苦情は来なかったのか?調子が乗ってきたところでゲーム大会に続く。 【合格パーティー【エッチ体験談】】の続きを読む

    現在自分は、妻と保育園児の息子の3人で暮らしています。
    しかし、妄想で娘とのsexを意識すると、小○生のランドセル姿を見る度に、私のナニは固くなります。
    この事を妻に話すと、ナニをきつく握られながら、
    「このロ・リ・コ・ン!絶対にばれない様に、上手に隠しなさいよ!」
    と、アドバスを受けてしまいした。
    でも最近では、『親子でのsexか~。いいかもね?』と興味を示してくれます。
    「もし、娘が生まれたら、sexしたい?でも、妊娠だけは絶対ダメよ!。子供の将来に関わるもの」
    と言って、夫婦で『娘』を孕む為に、sexしながら色々やっています。
    「おまえは、息子とsexしたいのか?将来的には、母子相姦で妊娠するつもりか?」
    「sexはすると思うわ!でも避妊は絶対にする。だって、孫を産むつもりはないもの」
    「俺は、sexだけで終わる自信はないな」
    「・・・・娘には、『避妊教育』をしっかりしとくわ。」

     私の母には歳の離れた信夫と言う兄がいて、その伯父の13回忌の法要が有るという事で、私が出席する事になりました。伯父は着物の行商をしていて、私の家の近くまで来ると必ずチョコレートをおみやげに持って来てくれ、いつしか私は伯父の事を『チョコレートの伯父ちゃん』と呼ぶ様になっていて、それは大人になっても変わらず、法事の話を聞いた時も『チョコレートの伯父ちゃんの法事』と言っていました。
     私が幼い頃、当時チョコレートは、そうそう口に出来る食べ物では無かったので、私は伯父が来るのを心待ちにしていた覚えが有ります。私が大学生になって下宿をしていた頃は、伯父は下宿の近くまで仕事に来ると必ず立ち寄ってくれ、その時もおみやげはチョコレートだったのですが、違うのは板チョコの包み紙の中に、1万円札をそっと入れてくれていた事でした。ほとんど仕送りを受けずにやっていた私には何よりも有り難く、伯父に感謝したものですが、薄情な事にこの法事を聞くまでは、ここ数年伯父がいた事すら忘れていました。
     伯父の法事に向かう電車の中で、私はずっと伯父が入院していた時に、お見舞いに行った日の事を思い出していました。伯父には伯母が付き添っていたのですが、伯父は私の顔を見ると、まるで人払いをするかのように「暫らく真司に診て貰うから、半日ほど家でゆっくりとして来い。」と言って、伯母を家に帰してしまいました。
     伯母が病院を出た頃に伯父は昔話を始めたのですが、その内容は壮絶な物で、伯父の性的なものも多く含まれていた為に私は何も言う事が出来ないで、ただ伯父の話に聞き入っていました。伯父の性的な話を聞くのは、最初は恥ずかしかったのですが、伯父にとって私はいつまでも子供で、私が結婚して子供をもってからも会えば子ども扱いされていたので、もう大人だと認めてくれているようで、嬉しい気持ちも有りました。伯父は私を1人の男として話してくれた様ですが余りの内容に、伯父が眠った後、寝顔を見ながら伯父の人生に涙した事を、昨日の事の様に思い出します。
     この様な話は一人娘の従姉にも出来ず、ましてや伯母には話せないので、死期を悟っていた伯父は、死ぬ前に誰かに自分の思いを伝え、自分の存在を残したかったのでしょう。そう言う私も、妻や母にも話し難い内容なので、誰かに聞いて欲しくて、想像を交えながら伯父の物語をここに書く事にしました。

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     私が14歳の時に私の母が子供を身篭ったのですが、身体の弱かった母は何度も流産をしていて、生まれれば2人目の子供となります。今度は無事に元気な女の子が生まれたのですが、その1ヵ月後に、妹の誕生を1番喜んでいた父が心筋梗塞で急死してしまいました。幸い父親の実家は、使用人が何人もいるほどの大きな農家で、家の跡を取っていた伯父も良い人で、大黒柱を失った私達一家を引き取って面倒をみてくれ、私達は生活に困る事は有りませんでした。
     ところが、私が17歳の時に叔父が亡くなり、私達の生活は急変します。残された伯母は18歳で伯父の所に嫁いだのでまだ若く、色白でふっくらとした美人だったのですが、見掛けとは違って気性は荒く、特に私の1つ上の一人息子を溺愛していて、私達に辛く当たりだしました。
     それと言うのも、この従兄は小さい頃から伯母に甘やかされて育ち、自分は何もせずに全て伯母や奉公に来ていたお手伝いさん達にさせていたせいか太っていて、その為に足の関節が悪く、余計に何もし無くなり、いつも家でゴロゴロとしていたので、亡くなった伯父が常に私と比べては、従兄や伯母を叱っていたからです。
     あまり外に出たがらず、学校にも行かない従兄に対して、伯父の勧めで私が上の学校に行かせて貰っていたのも、伯母には面白く無かったのでしょう。私達は離れと言えば聞こえの良い納屋のような所に追いやられ、食事も1日2食にされ、私は学校も辞めるように言われました。それでも行く所の無い私達は、耐えるしか生きて行く術が有りません。私は学校を辞めて近くの呉服屋に勤めましたが、まだ見習いの奉公人という感じで、ここを出て母と幼い妹を食べさせて行くのは無理なので、毎日勤めに出る前と休みの日は農作業を手伝っていました。
     私が呉服屋の仕事に慣れ出した頃に日本は戦争に突入し、徴兵検査で甲種合格となった時には一人前の男と認められた様で嬉しかったのですが、その事で更に伯母の心証を悪くしてしまいました。それと言うのは前年に従兄が丙で不合格とされ、その上太っている事を非国民呼ばわりされて殴られて帰った為に、従兄の事と成ると異常な伯母は、私の合格が面白くなかったのです。従兄も自分の不合格は、これで戦争に行かなくても良いと言って喜んでいたのですが、私の甲種合格が面白くなかったようで「お前なんか早く戦争に行って死んでしまえ。」と嫌がらせを言って来ましたが、従兄にはここに来てからずっとその様な扱いを受けてきた私は、左程気に成りませんでした。
     当時清子という、伯母の遠縁にあたる身寄りの無い、小柄で可愛い娘がお手伝いとして住み込みで働いていて、いつしか私は彼女の事が好きになったのですが、私には生活力も無く、おまけに病弱な母親と幼い妹までいては、彼女に想いを打ち明けられる訳も無く、またその様な世間の風潮では無かったので、ただ目で追って、彼女の可愛い仕草を見ているだけでした。
     ある夜、呉服屋から帰った私は、翌朝の農作業の準備をする為に農機具小屋に行くと、中から男女の争う声が聞こえて来ます。 【チョコレートの伯父ちゃん【エッチ体験談】】の続きを読む

    その日の昼休み。
    俺は一度家に戻ることにした。
    書類を家に忘れたからだ。たいした書類でなかった。
    なにかの書類に付随した個人情報保護の同意書だ。
    別に明日でも良かった。
    しかし職場から家まで車で10分。
    俺は取りに帰ることを選んだ。
    家は実家である。
    2年前のリストラに会い、帰ってきたのだ。
    住人は俺と妻と5歳の息子、それに定年退職者の父さん。
    父さん。
    思えば子供のころから迷惑をかけっぱなしだった。
    母は高校の時死んだ。
    その後の2年間の浪人。
    父さんにならって市役所を受けたが敗退。 【妻は父さんの部屋で【エッチ体験談】】の続きを読む

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