エッチで抜ける体験談

オナニーのおかずになるような抜けるエッチな体験談をまとめています。画像や動画ではなく文字で抜きたい人におススメです

    タグ:父親

    家に帰ったら女友達とお父さんがセックスしてて、一部始終を見てしまったエッチ体験談

    高2の時の話なんですが、クラスで仲のいい友達の中にMちゃんっていて、私の家に遊びに来ることがあったんですよ。母はパートに出かけていて、リビングで父が新聞を読んでた父が私の部屋に連れて行こうとするMちゃんに「いらっしゃい」と声を掛けたのが二人の初めての出会い。

    部屋に入るなりMちゃんが「Hのお父さんって若ーい!カッコいいしうちのオヤジと段違いだよ、ファンになっちゃおうかなーっ」と言い出して・・・確かにうちの親は20そこそこで結婚してすぐ私が生まれたからまだ40前だし、父はほとんど毎週草野球やってて体も引き締まっててオヤジ臭くないんだけど、普段のオヤジっぷりを見てる私としては「あんなのファンになるようなもんじゃないってー」と受け流してた。

    それからMちゃんは積極的に私の家に遊びに来るようになっては「お父さんいないの?なーんだ、残念」とか言うから私は内心おいおいマジかよって笑ってたんだけど・・・。

    土曜日にMちゃんが遊びに来るって言ってて、私は約束の時間の前にファッション誌を買っておこうと本屋に行った先で中学時代の同級生とバッタリ。ついつい話し込んじゃって気が付いたらもう約束の時間。

    ヤバイ!と20分送れて家に帰ると、もう家に来ていたMちゃんはリビングで楽しそうに父と話してた。

    「ごめんねー、時間は分かってたけどすぐ戻るつもりで行った本屋で友達と話し込んじゃってさー」
    「ううん、気にしないよ、おじさんとの話面白かったし。話してみたらやっぱおじさんだね、若者の話題について行けなかったしさぁ。ちょっとガッカリ?」
    「あれでも中年なんだからなーんにも特別なんて事ないってば」 【父と女友達【エッチ体験談】】の続きを読む

    その日の昼休み。
    俺は一度家に戻ることにした。
    書類を家に忘れたからだ。たいした書類でなかった。
    なにかの書類に付随した個人情報保護の同意書だ。
    別に明日でも良かった。
    しかし職場から家まで車で10分。
    俺は取りに帰ることを選んだ。
    家は実家である。
    2年前のリストラに会い、帰ってきたのだ。
    住人は俺と妻と5歳の息子、それに定年退職者の父さん。
    父さん。
    思えば子供のころから迷惑をかけっぱなしだった。
    母は高校の時死んだ。
    その後の2年間の浪人。
    父さんにならって市役所を受けたが敗退。 【妻は父さんの部屋で【エッチ体験談】】の続きを読む

    真偽の判断は皆様にお任せします。
    私は37歳のサラリーマンで、妻は32歳の専業主婦でした。子供はいません。
    賃貸マンション暮らしをしていましたが、突然の単身赴任で九州に2年ほど出向することになり、
    昨年春に赴任しました。
    妻の元へは月に1度ほど戻り、その夜は互いにむさぼるように身体を求めていたのでしたが、
    半年ほど過ぎた辺りから「生理だ。」とか「風邪気味で体調がよくない。」とかとセックスを
    拒否されるようになり、私はなにげなく「浮気でもしているのか?」と聞いてみましたが、
    軽くいなされ、悶々とした夜を過ごしたものでした。
    今年の二月、出向先の子会社の経営が先行き不透明になりだしました。
    二月某日、いつものように出勤すると本社から急ぎ関係書類を持って戻れとの社命があり、数時間後には
    羽田空港に降り立っていました。
    タクシーで本社に向かうさなか、某歓楽街ちかくにあるラブホテルに入ろうとしていた初老の男と
    若い女性が目に入りました。
    彼らの近くまで来た刹那、それが私の父と妻であることがわかり、強い衝撃を受けました。
    足早にホテルの中に入り込む二人を唖然と眺めているだけでしたが、強い動機と信じられない光景に 【実父に妻を寝取られる。【エッチ体験談】】の続きを読む

    ある日、郵便受けの手紙を見て、驚愕した。内容は、借金の督促状だった。
    娘、晴美30歳は、今だに、独立できない、長男とそんな、息子を溺愛している。母親共々そりが合わず。
    私の庇護の元、
    高校卒業と共に、家を出た。私には、近況を知らせていたが。今だに、子供たちは、30を過ぎても結婚すら、出来ずにいる。困ったもんだ。
    晴美も、仕送りと称して、度々小遣いをせびるしまつだ。
    しかし、2百万も借金してるとは、ドッと気落ちしたが。このままには、出来ず。
    晴美の部屋を訪ねる事にした。
    娘は、私の突然の訪問に、ドギマギしているが、部屋に迎えてくれた。
    晴美、、、何だ、このボロアパートは。家賃が安いからさ(苦笑)。
    家賃は毎月分、仕送りしてるだろ。
    晴美は、何とも言えない顔で、沈黙していた。
    私は、娘に、督促状を手渡した。
    娘は、ごめんなさいを連呼し、泣き崩れた。私は、借金の理由を問いただした。
    去年、務め先で、会社に、多額の損害を与えてしまい。退社(クビに近い形らしい)、三十路の娘は、なかなか再就職が、出来ずに、悪徳金融ではないが、ヤミ金に手をだし。
    ヤミ金業者から、風俗務めを進められ。決心したところに、実家に督促状って事だ。 【娘の借金で、知った、真実【エッチ体験談】】の続きを読む

    私の父は62歳で認知症になった。
    母(55歳)は病気で亡くなり、父は1人になりました。
    それでも、仕事をしている時は元気でバリバリ働いていたんですが、60歳で定年を迎えると
    1人淋しさの影響なのか?1日ボ~っとする事が多くなった様です。
    その頃からでしょうか?父の言葉に”んっ”と言う事が度々起きて(ごはん食べたのに、まだか?と聞いて来る)
    孫(12歳)と同レベルの事を始める始末。
    病院へ連れて行くと、認知症の初期と言われました。そんな訳で妻(美沙35歳)に父の面倒をお願いする事にしたんです。認知症と言われ、数週間が過ぎた頃には父と妻の仲は良くなり、いつも2人で行動するようになっていました。
    子供も”ママ最近おじいちゃんとベッタリなんだ”と言われる始末。
    でも父の症状は日々良くなって行く様にも感じられたんです。
    それでも何だか気になり、ある日ビデオカメラをリビングの隅に設置し、録画ボタンを押したまま会社に行く事にしました。
    (ビデオはHDDなので、長時間録画できます)
    その日の夜、ビデオは自動停止していました。こっそり皆の目を盗んで、ビデオを書斎(自分の部屋)に持ち込みました。
    夜も深まり、妻も寝ると言うので先に寝て貰いました。
    私は、書斎で昼間のビデオを確認して驚きました。<ビデオ内容>
    妻が掃除機をかけていました。父はソファーで新聞を読んでいます。 【認知症の父と妻【エッチ体験談】】の続きを読む

    私が小学6年の頃の話。いや、この話をさかのぼればもっと前から始まる。なにせ、小さい頃からお父さんに性的ないたずらをされていたのだから。寝る前に体をベロベロに舐めまわされたり、あそこに指入れられたり。ただ、それが悪いことだとは思ってなかった。お母さんも知ってたし、気持ちは悪かったけど、スキンシップの一環かと思ってた。友達のお父さんにはこんなことやる人いないって話は聞いたけど、別に変だよとも言われなかったので。ただ、その当時は友達全員に性に関する知識はなくて、変には思わなかったのかもしれない。性教育の授業を受けて、変だと思った。だから授業が終わったら先生に相談した。新任の若い女の先生で、肌の色は黒く健康的で、浅尾美和のようなタイプだった。その先生が私がお父さんにされてることを聞いて、「お母さんは?」とか色々聞いて、「じゃぁ一回家庭訪問しましょう。お父さんとお母さん2人がいる日を教えて」といわれ、土曜日か日曜日ですと答えると、土曜日にうちに来てくれることに。
    土曜は当然学校も無く、先生も本来休みのはずじゃなかったかなぁと思った。よく分からない。とりあえず土曜日のお昼2時ぐらいに先生が家にきた。
    「ようこそ浅尾先生(ここでは浅尾先生と呼びます。もちろん仮名)」
    「本日はAさんのお宅の家庭環境をお聞きしたくてお邪魔させていただきました」
    「どうぞおあがりください」
    そういって先生は家に上がりこんだ。夏の日で、先生はいつものジャージ姿ではなく、ブルーのミニスカートに白のキャミソールといった格好だった。色合い的にはミニスカポリスをイメージすると分かりやすい。とにかく色っぽい格好をしていた。そして家の椅子に腰掛け、テーブル越しに先生と両親が向かいあう形になった。
    お母さんは先生にお茶を出す為、一旦立ち上がると、先生はお父さんを睨みつけ、
    「先日クラスで性教育の話をしまして…」
    と話を始めた。お母さんが先生にお茶を出すと、一旦話を止めて、一口飲んで、また話を続けた。
    「この話は本当なんですか?」
    「…そうですね、うちは難しい環境にありましてですね…」
    そう言って父親はお茶を口にした。先生も続けてお茶を口にした。喋り続けて喉が渇いたのかもしれない。一気に全部ゴクリと飲み干していた。父はそれを見ると、
    「喉が渇いてらっしゃったんですね」
    「ええ、本日も暑い日ですから」
    「そうでしょう。そのお茶には体を熱くさせる成分が入ってるんですよ」 【家庭訪問1【エッチ体験談】】の続きを読む

     親が若くして結婚し、息子が早々と嫁さんをもらうと、親子二代で同じ屋根の下でオマンコタイムになる、特に最近は五十すぎても母親が老けないので余計そうなる。と言う家庭も多いかな。うちも割と早く父親が結婚して私が出来たので、今老若ダブルキッチン状態である。
    親がオマンコをやってる事は中学生の時感づいたが、私が高校受験のときは勉強部屋に下が親の寝室なのでさすがに遠慮してたみたいであった
     入学とともに再開、そっと階段を下りて営みを覗きにいったりした。当時、父が40で母が35だからまだ派手にやっていた。夏なんかエアコンもまだなかったし、窓を開け、カーテンだけ引いて風を入れないと暑くてやれなかったのだろう。田舎で庭も広かったから覗かれる恐れもないし。上に居ると木造家屋だから親が話し込んでいる気配を知るとそ〜っとおりて庭に回り、ヤブ蚊に刺されながらカーテンの隙から常夜灯のともる親の寝室を覗いた。母は垂れ気味のオッパイむき出し下は赤い腰巻きで、父は丸裸で敷きふとんの上に寝転がっている。父も片手が腰巻きをまさぐっている。母の片手が父の股間をマッサージしている。そのうちに腰紐が解かれ、脚と脚をからませあい、おっぱいを揉みながら、片手はオマンコに伸びる。会話はエロい話ではなく、近所の世間話を母がするのを父が黙って聞きながら、だんだん母の股間を拡げさせ、盛大にオマンコを撫でたり、さすったり、母の片手もマッサージからチンポをむいたり、しごいたり、そのうちどちらからとも無く、交わりの体勢に。
     母は仰向きになり、自然に軽く股を開き、父は母の足元に寄り、おもむろに脚を持ち上げて180度に押し広げ、股間の湿り具合?を指で確かめ、両手で左右にオマンコを押し広げ、クンニ体勢にもってゆく。母の満足げなため息があがって母の腰がもじもじしだすと母の両脚を肩にかつぎ、全開させたオマンコに直立しているチンポを真上から少しずつめり込ませてゆき、オマンコにチンポがなじんだ頃合いを計って盛大に九浅三深のリズムで母に奉仕し始める。時々腰をねじこんでみたり、その度に母の小さい「ひゃ〜」という声があがったり、父「ええやろ」母「ええわ〜♥」父「もっと、ようしてもらいたいか」母「ようして〜♥」父「よ〜し、」
     父は母の両脚を母の肩位まで押し曲げ自分の両手両足を突っ張らせ(これが松葉崩しかな?)結合部分を自分で覗き、母にも覗くよう促し、小声で「小夜子好きやで」と云いながら、ズボッ,ズボッと入れ始めると、母は股間を覗きながら「いやらしいわ〜ぁ」と、、父は「おまえがいやらしいことしてぇ〜といったやないか、やらしいいうのはきもちいいでもっとして〜ということやろ」そのうちにズボッ、ビチャッ、ズボッ、ビチャッと結合部分が夫と妻の愛の二重奏を奏で始めた。と思う間もなく、父は激しく腰を振り始め、「、、、、」と母にうめくとオマンコに何度もチンポをこすりつけると往ってしまった。何度か覗いたがこの晩ほど理想的?な夫婦の営みを見たのはなかった。
     しばらくたって、父から私と二人だけのときに、ぼそっと「のぞいたのをいいいとはいわんけど、お母さんにいうなよ、息子に見られたとわかったらかわいそうやからな」といわれた。「それだけや、おまえももうすぐ嫁さんをもらわならん」と。
     それから十年ほどたって私も縁あって見合い結婚した。夫婦生活の指導書も読んだが、何より親の夫婦生活が頭にしみ込んでいるので、アノ通りやっている。専業主婦の妻の昼間あった話を聞きながら、オマンコをいじくりながら、妻にはチンポを握らせ、つまが催してきたら、妻に股間を開かせ、湿り具合を確かめながらクンニで奉仕、ほしがり始めたら本戯に移り、最後は愛の言葉をささやきながら深〜く突き刺して絶頂に持ってゆく。手を取って父に伝授してもらったわけではないが、父が母に奉仕していた直伝の松葉崩しが我が家の伝統の性戯として私にも引き継がれている。今はどうか分からないが、新婚当初は親夫婦と息子夫婦で上と下でズボズボ、アフン,アッフ〜ンやってたと思う。何せ、父母は四十すぎてもアツアツでお仲がよろしかったから。たぶん、父も私と同様、妻以外おんなを知らない。今時、古めかしい三十年代のはなしである。

    名無しさんからの投稿
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    私の生まれた地域に今でも残る風習です。
    女子は初潮を迎えた段階で2つのうちから1つを選択しなければなりません。
    1つは、『父親、もしくは5歳以上年の離れた兄に処女を捧げる』
    これを選択した場合、処女喪失以降は自由恋愛が認められます。
    もう1つを選択すると、結婚するまで純潔を守る事ができますが、結婚相手は親が決めます。
    簡単に言うと、人身売買のような形になります。
    男性が娘の「家」から「処女の娘」を大金を以って買うという事です。
    注意点として、男性の配偶者になれるとは必ずしも限りません。
    有力者の愛人になるというケースもありえます。
    「夫」との間に年齢差があって、「夫」が早くに亡くなった場合、実家に帰される場合があります。
    この場合、子供は「夫」の家に取られます。
    私の場合、許嫁とか愛人とかは考えられなかったので1つ目を選択しました。
    上に書いた文の通りの説明を受けるわけではありません。 【【田舎】地域に残る風習で父親に処女を捧げた話【エッチ体験談】】の続きを読む

    娘は小6で11歳。
    実はお風呂でこの娘が小1のころに、おまたを触ると「気持ちいい」
    というので、適度に触ってあげていました。
    時が経ち小4。寝るときにおまたを触っても抵抗なく普通な感じに
    なりました。「気持ちいいのでやめないで」というようになりました。
    エッチな知識をこの頃から少しもつようになり、娘の方から私のナニを
    それとなく触ってきました。「いいよ触っても」というと、最初は
    恥ずかしそうに手を引っ込め「パパのもやって」というと触りました。
    「ここが気持ちいい?」と私が訪ねながら、触ってやると、娘も触り
    ました。「こうやると気持ちいい」と私のナニの扱いも教えました。
    そして小5、私が帰ってくるのが遅いので週に1回の触りあいを
    していました。その頃から娘の胸も膨らみはじめ、触ると痛いといい
    ました。乳首の先だけツンとでてかわいらしいです。
    娘は胸はくすぐったく痛いだけなので嫌がってましたので、結局おまた
    ばかりになりました。このころから娘も性の知識を得たのか、おまたに 【娘ととうとう一線を【エッチ体験談】】の続きを読む

    今から十年前位の事です。
    私の父は高校の英語教師当時36歳、母は中学の英語教師当時35歳、僕は小学5.6年生でした。
    父の高校にアメリカ人で黒人の40歳くらいの英語教師のマック(ニックネームです。本名は忘れました)
    が赴任してきて、同じ英語教師どうしということで父と親友になりました。
    そして、家に泊りがけで遊びに来て、母の手料理で、父と酒を飲んだり、
    家族ぐるみの交流をしていました。
    そして、ある夏休みの日、父の提案で琵琶湖にキャンプと水泳に行くことになりました。
    マックが淡水湖で泳いだことが無いというからです。
    そして、父の運転で琵琶湖の水泳場に到着し、午前中は四人で泳ぎまくりました。
    母も赤いハイレグ(そょっとだけ大胆)の水着で泳いでいました。
    昼になり、売店の焼きそばやとうもろこしを食べ、父とマックはビールを飲んでいました。
    酒に弱い父は早くも、顔を赤くし、運転疲れもあって、眠そうにしていました。
    私も、泳ぎ疲れとお腹が膨れたため、いつのまにか寝ていました。
    どのくらい寝たのか・・・・
    しばらくして、父のいびきの音で目が覚めました。 【お父さんは寝取られマゾ1【エッチ体験談】】の続きを読む

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