マサルがお風呂に入っている間に私たちはあの錠剤をグラスに入れ、お湯を1センチ程度加えた。
私はいくらかナーバスになっていて、スプーンで混ぜる手が汗ばんでいる。完全に錠剤がお湯に溶
けると、それからオレンジジュースを目いっぱい加え、そのままそれを冷蔵庫へ戻した。お湯で温
くなっているとあやしまれるかもしれないので、冷やしておくためである。それをマサルが来たら、
今入れましたって顔でミサキが渡すという寸法である。そんなことをやっていると、松本清張とか
西村京太郎とかの推理小説に出てくる犯人になった気分だ。
「あんたたち、まだここにいたの。いい加減お風呂に入りなさい」、そう言ったのは母だった。
「えー、だってマサルがまだ入ってるじゃん」、私は言った。まさか、もう寝てしまったのではと
いう不安がよぎった。
「今あがったところよ」、母がそう言うと、後ろからタオルを肩に掛けプーマの黄色に青のライン
が入ったハーフパンツ一枚の姿でマサルが現れた。気だるそうに居間に入ると椅子に座りテレビを
点けた。
「マサル、ちゃんと頭を乾かしなさい」、母が言った。マサルは「はいはい」とタオルを頭に乗せ
るも、それっきりだ。長い髪からは時たま水滴が落ちる。
「ほんとに、マサルは」母は呆れて言った。「ほらあんたたちも早く入りなさい」、そう言うとそ
のまま居間には入らず階段を上っていった。
「マサル、ほらオレンジジュース」、そう言うとミサキはマサルの前のテーブルにそれを置いた。
マサルはスポーツ番組を見て、振り向きもせず、「ありがと」と言った。そのあとミサキは私にも
グラスと紙パックを持ってきて、「お姉ちゃんも」と言った。自然だ。極めて自然な一連の動作だ
った。私はミサキの演技に感心して、「ありがと」と答えるまで少しかかってしまった。
「それじゃ私、お風呂入るね」、そう言うとミサキは居間から出ていった。私の役目はマサルがち
ゃんとそれを飲み干すかを見届けることである。