さなえさん(30代)からの投稿
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最近誘拐や失踪事件が沢山ありますが、私も被害者の一人です。
昔、監禁された事があります。
中学時代の私は勉強も出来て男子からも人気があり、中学二年の夏には野球部エースでキャプテンの先輩と初体験も済ませ、友達からは一目置かれる立場でした。
高校は県内で1、2を争う進学校に入学。
新しい先輩彼氏も出来て楽しい高校生活を送っていました。
ただ友達に東京に遊びに行こうとかディズニーランドに行こうって誘われる事があり、私の家はそんなに裕福では無いので友達と一緒に行けない時が度々あり、それが悩みでした。
彼氏も受験勉強が忙しくなり、高校二年の時におじさん相手にアルバイトをしました。
一回会うと、当時の高校生には大金を貰えるので、学校が休みの日には市内に出向いて会ったりしていました。
友達と原宿でショッピングしたりディズニーランドも行けるようになり、なかなか会ってくれない彼氏とも別れ、そんな事を繰り返していました。
妊娠や病気が怖かったので徐々にお金持ちの定期の人に絞り、色々な要求にも応え、高校三年の時にはお尻も経験させられ、表向きは美人優等生、裏では淫乱高校生の二重生活をしていました。
ある日、何時もの様に定期の人に会って地元の駅まで送ってもらって自転車で家に帰る途中、後ろから車に激突され私は気を失いました。
目を覚ますと足や膝に激痛が走り、骨折しているのでは無いかと思うくらいでしたが、裸でベッドに縛られているこの状況の方が最悪の事態であることに気付き大声で助けを呼びました。
すると、デブ薄毛のキモオヤジが手にスタンガンを持って現れ、静かにする様に怒鳴られました。
顔にスタンガンを近付けてくるので抵抗を辞めるとキモオヤジは
「俺っていう彼氏がいるのに他の男とホテルに行くなんて酷いじゃないか」
と訳の分からない事を話し始めました。
私と付き合っていると言うのです。
私は全く知らないキモオヤジに
「じゃなんでこんな酷い事するの?足も痛いし解いて」
と冷静を装い言いました。
キモオヤジは
「僕を裏切ったからお仕置きしないと」
と言いアソコにバイブをねじ込んできました。
「痛い!辞めて!」
と叫びましたが両手両足をベッドに縛られているので抵抗出来ずされるがままの状態で何十分もされ続けました。
「痛いの、本当に辞めて!」
と何度も泣きながらお願いしました。
徐々に体が反応しているのをキモオヤジに知られたく無かったのです。
しかし、キモオヤジは辞めてくれず、ジュポジュポ音を立てて出し入れを繰り返しました。
さっき定期の人に逝かされているのと防衛本能で濡れてしまいました。
結局逝かされてしまったけど声は押し殺しキモオヤジを睨み付けました。
スタンガンを近付けて
「気持ち良かったんだろ?」
「ありがとうございました」
って言え!と言われ、言わされました。
屈辱感で死んでしまいたいとさえ思いました。
■続き
私はキモオヤジに色々な事を言わされました。
「あなたのチン○で逝かせてください」
と言えば、
「まずは綺麗にしてくれない?」
と言い、私に跨って頭を掴んでの強制フェラ。
臭くて汚い物を私の口に出し入れされ、
「私の汚いマン○に入れてください」
と言わされ犯され、最後は
「あなたの子供が欲しいです。中に出して下さい」
と言わされました。
私が黙るとスタンガンを近付けてきて、従うしかありませんでした。
キモオヤジは、
「子供は女の子がいいなぁ~(笑)きっと可愛い子が産まれるんだろうな」
とか頭がいかれた事をブツブツ独り言を言ってました。
私は今何時なんだろう?お母さん心配しているだろうなぁとか死人の様に天井を見つめながら考えていました。
この時、自分があまりにも冷静だったので笑ってしまいたい思いと、頭がおかしくなったのかな~と思いました。
生きてお母さんに会いたいと思うと涙が流れ、どうしたら解放してくれるか考えました。
キモオヤジはコンビニ弁当を食べる様に私に言いましたが食欲なんかある訳なく、キモオヤジは食べ終わると人形の様な私を犯し始め、中に出すとそのまま寝てしまいました。
重くて息苦しく一睡も出来ないまま朝を迎えました。
キモオヤジは出掛けると言い、私をお風呂の手摺に拘束して出て行きました。
猿ぐつわをされていたので声が出せないけど脱出する方法を考えました。
そんな時、ウンチがしたくなり、我慢したのですが我慢出来ずその場でしてしまいました。
奴が帰って来るまでにコレを何とかしないとと思い、考えましたがどうする事も出来ず、キモオヤジが帰ってきて最悪の現場を見られてしまいました。
キモオヤジはニタニタ笑いながら
「さなえはこんな臭いウンチするんだ~」
と言いながらシャワーを私に掛け、お尻の穴に指を入れ中を掻き回し洗いました。
シャワーをお尻の穴に当て、お湯を入れられ、私はお尻から茶色のお湯を噴射させられ、何も考えられずされるがまま何度もやられました。
その後、
「お尻にあなたのチン○を入れてください」
と言わされ、お尻を犯されました。
もうどうでも良く、ベッドでもまたお尻とアソコにバイブとチン○を交互に入れられ、私もおかしくなってイってしまいました。
キモオヤジが、
「僕のおちん○んでそんなに感じてくれるなんて幸せだな~」
とか意味不明の独り言を言っている間に、私は二日間寝ていなかったので寝てしまいました。
目が覚めると下半身に違和感があり、キモオヤジが腰を振っていました。
私は寝た振りをして耐えていました。
キモオヤジが外出すると左手だけ自由になっていて、お茶とサンドイッチが置かれていて
「栄養を取らないと丈夫な赤ちゃんが産めないから食べてね」
と置き手紙があり、私はお茶とサンドイッチを口にしましたが、昨日の排泄行為の事が頭を過ぎり少しだけにしました。
左手が自由になったので、何か方法は無いか考えました。
近くにある物と言えばペットボトルのお茶と食べ掛けのサンドイッチ、ティッシュペーパーぐらいだったので力の限り大声を上げました。
近所の人が通報してくれるはず、と信じて叫び続けました。
何時間も叫び続けたので喉はカラカラで、体力も限界になった時にキモオヤジが帰宅、私は何か飲み物を飲ませてくださいと頼みました。
キモオヤジは小さなビンの栄養ドリンクの蓋を開けて私に飲ませました。
正直飲み物なら何でも良かったので一気に飲み干しましたが、胃の中が熱くなる様な飲み物で余計喉が渇き、ペットボトルのお茶ももらって一気に飲みました。
すると数分後に私の体に異変が起き、身体中が熱くなってローターでアソコを弄られただけでイってしまいました。
それどころか絶頂感が止まらず、乳首を触られただけでイき、挿入された瞬間もイって、何されても感じてしまい
「お願いやめて、身体が変なの」
と言っても辞めてくれず、何時間も逝きっぱなしの状態が続いてとうとう失禁してしまいました。
キモオヤジが
「あ~あ、ベッドがビショビショだよ~」
と笑い、私は何度も
「ごめんなさい」
と謝りました。
「今度お漏らしする時はちゃんと言ってね」
と言い、お風呂場に連れて行かれました。
足は足枷をされていたけど左手が自由になっていたので自分で身体を洗い、中に出された汚い体液を掻き出しました。
キモオヤジがお風呂場に入ってきて
「僕のも洗って」
と言うので従うしかなく、石鹸で身体を洗おうとすると
「さなえの舌で洗ってよ~」
と言われ、頭の回路が麻痺している私は首から胸、手、腕、脇と、強烈な臭いでしたが必死に舐め、チン○、足、足の指、お尻の穴、時間を掛けて洗いました。
ご褒美だと言われ、お尻の穴に挿入されてまた逝かされてしまいました。
ベッドに座らされ、足枷と手錠がされてハンバーガーが出されました。
散々逝かされて空腹の限界がきていたので、手に取るとキモオヤジは私の手からハンバーガーを奪い
「さなえには隠し味が必要だよね」
と言い、自分のチン○を扱き始め、ハンバーガーの間に出して私に手渡しました。
私は手に持ったまま食べるのを我慢しました。
「さなえは本物のソーセージの方がいいか~」
と言い、チン○にケチャップを付け、私の口に入れました。
1時間以上頭を掴まれ、口に出し入れされてようやく大きくなった物が発射された時は、空腹と息苦しさで気を失いかけていました。
さっきの栄養ドリンクを口移しされ、汚い体液も一緒に飲み干しました。
先程と同じ様に身体中が熱くなり、座っているだけでイきそうになり、喉がカラカラでお茶をもらいました。
キモオヤジがアダルトのゲームを始めると、キモオヤジにはバレない様に乳首を自分で触りイってしまい、アソコからはやらしい汁が太ももを伝っているのが分かりました。
つい手がアソコに伸びてクリを指で触ると電気が走り、終いには指を入れてオナニーを始めてしまいました。
キモオヤジはゲームに夢中で気付かれなかったけど、身体中が性感帯の様な感覚で、しかも絶頂感が止まらず声を上げてしまった時は流石にバレてしまい、
「そんなにしたいならおもちゃ使っていいよ」
とバイブを握らされ、狂った私は自分のアソコに入れて絶頂を味わいました。
何度も何度もイきたくて夢中で出し入れして、そのまま眠ってしまいました。
目が覚めると、テーブルには昨日のハンバーガーとお茶、栄養ドリンク2本、バイブ、ローターが置かれていました。
私は躊躇うことなくハンバーガーを口にし、栄養ドリンクを飲みました。
するとまた昨日の感覚が襲ってきて、バイブでオナニーして眠り、また起きると栄養ドリンクを飲んでオナニー、お尻にバイブ、クリにローターを当てて快楽を求めました。
もっと気持ちよくなりたいと考え、何度も何度も自分で自分を犯しました。
キモオヤジが帰ってきた時もオナニーの真っ最中で、逝き果てる瞬間でした。
おしっこがしたくなり、トイレに行かせてと言うと
「さなえのおしっこなら僕が飲むよ」
と言われ、お風呂場で口を開けてるキモオヤジに跨っておしっこをしました。
「明日から休みをもらったから淋しい思いはさせないよ」
と言われ、そのままキモオヤジの上に跨り、腰を沈めて快楽を味わいました。
その日は何度もキモオヤジに逝かされ、朝起きると身体中が筋肉痛で、痛いのですが気持ちよくなりたくて自らフェラして上に跨り腰を振っていました。
もうこの時は足枷も手錠も外され、オナニーとセックスを繰り返していました。
キモオヤジのおしっこも飲める様になり、私は狂ってしまいました。
監禁されているのも忘れて快楽を追求する日々が続き、キモオヤジが寝ていてもフェラをして挿入を繰り返し、それでも物足りないとバイブをお尻に入れて中を掻き回したりしてしまう自分でした。
ある日、
「何が食べたい?」
と聞かれ
「おちん○ん、嘘、冗談(笑)ピザかな~」
と答えました。
ピザ屋さんにキモオヤジが電話すると、40分ぐらい掛かると言われ、私は
「それじゃ~来るまでオナニーしよう」
と言い、ベッドでバイブとローターを使ってオナニーを始めました。
チャイムが鳴り、ピザ屋さんが来ました。
玄関で話し声がして、何かなぁ?と思った瞬間、部屋のドアが開いておばさんが入ってきました。
私がベッドで股を広げ、バイブをお尻に刺してローターでアソコを刺激している時でした。
「○○さなえさんですよね。県警の○○です」
その後の事はハッキリと覚えていないのですが、県警の婦警さんが話している途中で逝き果てました。
私にとっては監禁中よりここからが地獄の始まりでした。
私はとうとう保護され、私のニュースは全国のニュースで流れました。
後で分かった事ですが、当時の警察発表は私の将来を考慮して
「食事も与えられ、命に別条は無いけど、発見時は縛られていて衰弱していて病院に搬送」
という感じでした。
発見時オナニーしてたなんて発表出来ないしね。
キモオヤジは前科があり、直ぐに捜査線上に上がって一週間張り込みを続けていたとか。
早く保護してくれればキモオヤジのおしっこ飲まなくて済んだのにね。
失踪直前に会ってたおじさんは最重要容疑者にされて散々だったみたい。
私は病院に搬送され、お母さんと再会し、泣き崩れました。
両親は私が裏でやっていた事も知っていて、会話も無く泣くだけでした。
後で分かった話、その事がワイドショーで放送され、周りから色々陰口を言われたみたいでした。
警察には覚えている事を話しました。
アソコはもちろん、お尻も犯された事、おしっこも飲んだ事、定期のおじさんの事も聞かれ売りをしていた事、お尻はおじさんに仕込まれた事も話しました。
婦警さんは溜息を尽きながら、
「痛かったでしょ?」
と聞いてきましたが
「最初は痛かったけど、慣れてくると気持ちよかった」
と答えました。
婦警さんは淡々と調書を記入していました。
キモオヤジが取り調べで
「僕達は結婚の約束をしています」
と言っていると聞き、それは否定しました。
自分からした事も正直に答えました。
婦警さんに全身が性感帯になる感覚を説明すると、また溜め息をつき、調書に記入していました。
「一番辛かった事は?」
と聞かれ、お尻にお湯を入れられて茶色のお湯がお尻から吹き出した事、お腹が空いてあのハンバーガーを食べた事、おしっこを飲んだ事、私は意外と冷静に答えました。
付き添いの若い婦警さんは顔が真っ赤で、
「こんな事、普通の女子高生はしませんよね~」
と言うと
「あなたは被害者なのよ!」
と怒られ、それからは警察の聴取を拒否しました。
数日後、栄養ドリンクには薬物が混入されていて正常な判断が出来なかったという事でキモオヤジは起訴されました。
私は病院に居る時もオナニーしてしまい、拘束服を付けられたりもしました。
なんかキモオヤジのマンションと一緒だなと思いました。
お母さんは病院に来ると泣いてばかりいるので来ないで欲しいと言うと次の日から来なくなり、週に一度来るか来ないかになりました。
私のオナニーも回数が減り、ある施設に転院させられましたが県外にあった為、お母さんが来るのは月に一回ぐらいになりました。
私が施設で過ごしている時に両親は離婚。
その1ヶ月後にお母さんは交通事故で亡くなり、お父さんも行方不明。
私は1年近く施設で過ごし、施設で紹介された仕事に付き過ごしています。
あの監禁で人生が狂ってしまいました。
昨日、キモオヤジが仮出所したと警察から報告をもらい、思い出して書き込みました。